会社を設立すると、契約につぐ契約で、ビジネスの世界は「契約」を前提として成り立っていると肌で感じます。
契約のときに何気なく押す印鑑ですが、押印にどういう効力があるかはご存知でしょうか。
また、最近では、リモートワークを推進するのにハンコ文化が障壁になって「脱ハンコ化」も叫ばれています。電子契約のための電子印鑑も普及し、印鑑は不要という主張も見かけます。
そこで、会社設立を考えている起業家ならば、おさえておきたい会社印鑑の法的効力と、電子印鑑を含めて脱ハンコ化でも役割が残る会社印鑑の種類と役割について解説します。
1.会社印鑑の法的効力とは
(1)法律上、契約は「双方の合意」で有効となる
会社で用意する印鑑は最低でも4つ、代表者印(法人実印)、銀行印、社印(角印)、ゴム印(横書き)を用意するのが一般的です。
例えば、契約書への押す印鑑は「代表者印」や「社印」などが使われます。
そのため、使う印鑑の種類によって効力は変わってくるように思うかもしれませんが、実はどの印鑑を使うかによって法的効力に違いは出ません。
理由は、民法においては「双方の合意があれば契約は口約束でも有効」とされているためです。
印鑑を押さなくとも、最悪、契約書という文面でなくとも、当事者同士のメールやチャットのログで口約束が実証できる場合、その契約は有効なのです。
(2)会社印鑑は、契約書に関するトラブル対応で重要になる
では、なぜ契約書に会社印鑑を押すのでしょうか。
会社印鑑が重要になってくるのは、契約書の有効性に関して、争いが生じたケースへの対応です。
例えば、契約に関して何か争い事が起きて、法的に対処する時は「契約は、誰と誰の合意のもとに行われたのか?」が一つの争点になります。
契約書に押している印鑑によって、第三者から見た契約の有効性や立証のしやすさが大きく違ってきます。
簡単に言えば、気軽にどこでも買える個人名のハンコ(認印)よりも、代表者印(法人実印)の方が契約の有効性を立証しやすいです。代表者印(法人実印)は法務局への届出義務があるため、事実を証明する度合が高いのです。
つまり、個人名のハンコではなく、法人実印を使うということは、個人ではなく会社の意思で契約を締結した、という合意を証明することになります。
契約において最も重要なことは双方の合意であって、会社印鑑を押すことでその合意があったことを証明しやすくなる、ということをおさえておきましょう。
(3)押印・捺印によって法的効力が変わる
印鑑の種類によって法的効力は変わりませんが、印鑑の押し方(正確には、名前の書き方と印鑑の有無)によって法的効力が変わることをおさえておきましょう。
印鑑の押し方には「押印(おういん)」と「捺印(なついん)」の2つがあります。
- 「押印」…「記名押印」の略で、印字されている名前(記名)に、印鑑を押す(押印)こと。
- 「捺印」…「署名捺印」の略で、署名(自筆のサイン)してから印鑑を捺(お)す(捺印)こと。
日本の商慣習では「捺印(署名捺印)」が最も法的効力が高いとされていますが、海外企業との取引契約などでは「署名のみ」で十分とされることもあり、どれが採用されるかはケースバイケースです。
なお、「記名よりも署名の方が、法的効力は上」と位置付けられる理由は、署名は、筆跡鑑定をすれば署名者を特定できて「本人のものである」という証明がしやすいためです。
ただし、その常識も、デジタルの世界では事情が変わってくるので、注意が必要です。電子署名、電子印鑑、電子申請、電子契約などのデジタルサービスを利用する場合、個人認証されたアカウント名などの「記名」は、高い法的効力を持ちます。個人認証によって「本人のものである」と証明する上に、高度なセキュリティ技術によって改ざんされる可能性が低いためです。
しかし、日本の商慣習がデジタルに対応するのは、まだまだ先でしょう。
例えば、会社法では、取締役会議事録において出席した取締役の「署名または記名押印」を求めています。「記名押印」と「署名のみ」を同じ法的効力としては認めていますが、電子的なやり取りによる「記名」を想定していないことがわかります。
読み取れることをまとめると、日本の法律上、会社の契約については「記名のみ」に法的効力なし、「記名押印」と「署名のみ」が同等の法的効力があり、署名に加え印鑑を捺す「署名捺印」には、より高い法的効力がある、といえるでしょう。
名前の書き方と印鑑の有無、法的効力をまとめたのが次の表です。
名前の書き方と印鑑の有無 | 見た目 | 法的効力 | 備考 |
記名のみ(押印なし) | 名前が印字されているだけ。 | 印字されているだけでは基本、法的効力はない。 | 個人認証されたアカウント名などの記名は、法的効力を持つ(電子署名や電子印鑑の考え方の基本) |
押印(記名押印) | 印字された名前の横に、印鑑が押してある。 | 法的効力を持つ。 | プロセスが定型化されるほど、頻度の高い契約で採用率が高い。 |
署名のみ(捺印なし) | 自筆でサインしてある。 | 法的効力を持つ。 | 印鑑の文化がない欧米では、十分な法的効力を持つ。グローバル企業との契約では採用率が高い。 |
捺印(署名捺印) | 自筆でサインした名前の横に、印鑑が捺(お)してある。 | 高い法的効力を持つ。 | 法人の印鑑証明書の提出を求められるような重要な契約での採用率が高い。 |
2.会社経営で用意すべき印鑑の種類
(1)印鑑は最低1つ!法人実印があれば会社経営できる
会社設立登記のとき、管轄の法務局に代表者印(法人実印)の届出義務があるため、最低1つは印鑑を用意する必要があります。
代表者印(法人実印)以外の印鑑を持つか、持たないかの判断は会社の自由なので、やろうと思えば、印鑑は1つで会社経営はできます。
代表取締役一人の会社であったり、経理を担当する社員がいなかったりするケースは、実印(代表印)と銀行印は1本でも問題ないでしょう。
しかし、会社の実印(代表印)を、銀行印として届出するなど、印鑑を押す機会が多くなれば、それだけ悪用されてしまうリスクも増えます。
一つの印鑑へのリスクを分散させるため、代表者印(法人実印)と銀行印を分けるケースが多いのは、そのためです。
(2)役割が持てる印鑑を用意する
一般的に、会社経営するなら、実印(代表印)、銀行印、社印(角印)、ゴム印(横書き)を用意します。
しかし、見積書や請求書、領収書などを含め、業務のほとんどをデジタルでやりとりする予定であれば、社印(角印)やゴム印(横書き)は、必要になった時に用意しても問題はありません。
なお、定期借地契約など、法律上、電子契約で行えない契約書が存在するため、企業によっては「紙での書面契約をゼロにし、社印(角印)の物理的な印鑑に用意しない」という選択ができないので、注意しましょう。
代表者印(法人実印) | 必須 | 法務局に届けを出して登録した印鑑。形態に規則はないが、日本の商慣習では直径18mmの丸印がよく使われる。 |
銀行印 | 会社に経理担当がいたら必須 | 銀行の法人口座の開設や、手形や小切手の振り出しに使う印鑑。経理担当に持たせることが多い。代表印と区別するため、一般的には代表印少し小さめのものを用意する。 |
社印(角印) | 業務をデジタルで行うなら任意 | 見積書や請求書、領収書などの代表印を押すほど重要ではない書類の押印に使う印鑑。日本の商慣習で、角印が好まれる。 |
ゴム印(横書き) | 業務をデジタルで行うなら任意 | 各種契約書の署名欄などにする署名代わりに使用できる印鑑。本店所在地、電話・FAX番号、会社名、代表者名が彫られることが多い。 |
(3)おすすめの印鑑の書体と会社印の材質
印鑑はどこでもあるような書体を選ぶと、悪用されるリスクが上がります。一見、何が書かれているか読み取れない(可読性が低い)書体で作ることが重要です。
代表者印(法人実印)に利用される書体としては「篆書体」が最も多く、次いで「印相体」が多いです。好みの書体が特にないなら、「篆書体」か「印相体」にしましょう。
篆書体(テンショタイ)
可読性が低く偽造しにくい、歴史ある書体。個人、法人用共に「実印」によく利用される。日本銀行発行のお札に押されている印鑑にも用いられている。代表者印(法人実印)では最も多く選択される。
印相体(インソウタイ)または吉相体(キッソウタイ)
篆書体から進化させた書体。歴史は古くはありませんが、篆書体よりもさらに偽造しにくい特徴を持つ。八方に広がる開運印相としても利用される。
隷書体(れいしょたい)
「日本銀行券」や「壱万円」などのお札の文字でお馴染みの書体。直線的でバランスがとれ読みやすい(可読性が高い)書体。認印などに利用される。
古印体
隷書体を基に丸みを加えた書体。力強く、可読性が非常に高い、馴染みのある日本独自の書体。認印などに利用される。
印鑑の材質は「本柘」と「黒水牛」が代表的です。こだわりが特にないなら、その2つから選びましょう。
本柘(ほんつげ)
印鑑の代表的な材質。木材の中では密度が高く繊維が緻密で、繊細な彫刻に適している柘(つげ)の中でも国産で高級なものは「本柘(ほんつげ)」と呼ばれる。使用後は朱肉をしっかり落とし、欠けないように注意する。
黒水牛
水牛の角を加工したコストパフォーマンスに優れた材質。耐久性も硬度も粘りもあるため、丈夫で長期の使用に耐えられる。中心の芯が通った部分は「芯持ち」と呼ばれ、最も質が良いとされる。
3.会社印鑑のネット販売店
最後に、会社印鑑をネット販売している店舗をいくつかご紹介します。参考にしてください。
まとめ
会社では代表者印、銀行印、社印、ゴム印を用意するのが一般的ですが、代表者印のみであっても会社経営する上で問題はありません。
ただし、紛失のリスクなどから代表者印と銀行印はわけておくことをおすすめします。
今後、脱ハンコ化が進むことは間違いありませんので、状況に気を配りつつ、柔軟な対応をしていきましょう。